吉田拓郎と聞いてみなさんは、何を思いうかべられますか?

管理人は、

  • 「つま恋」「ボブ・デイラン」「テレビ出演拒否」「広島弁」
  • 「結婚しようよ」「落陽」「旅の宿」「ぺニーレインでバーボンを」
  • 「今日までそして明日から」「元気です」「明日に向かって走れ」
  • 「おきざりにした悲しみは」「人生を語らず」
  • 「祭りのあと」「春だったね」「シンシア」
  • 「佳子コーナー」「浅田美代子」「森下愛子」
  • 「 kinki kids」「中島みゆき」「モップス」「襟裳岬」「我が良き友よ」
  • 「キャンデーズ」「メランコリー」

 

など多くのワードを思い浮かべることができます。

 

拓郎自身の歌ばかりでなく、他の人が歌って大ヒットした歌や、三度の結婚、

テレビ出演拒否、ノーベル文学賞を受賞したボブデイランなど。

 ボブデイラン「風に吹かれて」

 

こんなに多くのジャンルが思い浮かぶのは、拓郎だけだと思います。

 

いまさら吉田拓郎のプロフィール説明は必要ないかもしれませんが、

  • 1946年4月生まれ(現在70歳)
  • 1970年代からフォークを日本のメジャーに引き上げた中心人物
  • 拓郎がいなければ、今のJ-POPはなかっただろうとも言われています。
  • 早くからボブデイランに心頭し日本中にボブデイランを広めました。
  • 2度の離婚と3度の結婚、かわいい女性ばかりです。

 

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🎶 吉田拓郎の忘れらないこと 🎶

 

管理人にとっての吉田拓郎の忘れらないことです。

  1. 数々の大ヒット曲の創作(自分以外の歌手)
  2. 日本初、オールナイト野外コンサ―ト

 

 数々の大ヒット曲の創作(自分以外の歌手)

 

拓郎の曲が大ヒットしているのはもちろん、

ビジネスなのか友情なのかよくわかりませんが、

他の人が歌っている大ヒットした曲の作詞作曲を手掛けています。

 

『鈴木ヒロミツ(ザ・モップス)』

「たどりついたらいつも雨ふり」

まだ生きていればバラエテイ番組や

ドラマにひっぱりだこだったと思うのですが、

体型も含めて管理人の大好きなキャラクターでした。

 

鈴木ヒロミツを歌手だと思っていない方が多いのではないでしょうか。

早くに亡くなってしまいました。 合掌

 

 

『森進一』 「襟裳岬」

日本レコード大賞を受賞した曲なので

みなさんご存じだと思います。

この名曲も拓郎がつくりました。

 

 

『ムッシュ かまやつひろし』 「我が良き友よ」

拓郎が数少ない先輩の中でただ一人の好きな先輩だと語っています。

二人の関係も 「我が良く友よ」 のような関係だったのではないでしょうか。

♪ 暑中見舞いが帰ってきたのは秋だった ♪

 

残念ながら「ムッシュかまやつ」さんは、2017年3月肝臓ガンのため逝去されました。

詳しい記事はこちからどうぞ

ムッシュかまやつひろし[我が良き友よ]

フォークのレジェンド肝臓がんで逝去

我が良き友よ

 

 日本初、オールナイト野外コンサート

1975年8月に日本で初めての野外音楽場で

オールナイトコンサートが開かれました。

「吉田拓郎・かぐや姫 コンサート インつま恋」が開催されました。

 

当時としては、画期的なコンサートで

マスコミにも再三大きく取り上げられました。

常識を覆して深夜に人を集めるという方法で大成功を収めたのです。

 

管理人の人生の中で後悔している一つに

青春時代「つま恋コンサートにいかなかった」ことが挙げられます。

 

お金がなかったことで行けなかったのですが、

今は、行きたくてもコンサートそのものがないのですから。

あのとき万難を排してもいけばよかったと。

<吉田拓郎の現在2017は次のページで>