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津田恒美 広島カープ[炎のストッパー]は亡くなったあとも・・・

広島東洋カープを見守り、

若手投手の成長を祈り

地元の人たちに愛されているのだと思います。

 

今季の広島東洋カープは、

「神がかっている」という「神ってる勝利」を重ね、

リーグ中盤から一気に加速、

2位以下のチームに圧倒的な大差をつけ

リーグ優勝を果たしました。

 

シーズン前に「広島カープ優勝」と

予想した評論家は皆無で殆どは「Bクラス」予想でした。

大黒柱前田健太が抜けたのですから無理もありません。

 

しかしちょうどダルビッシュ有が抜けた

日本ハムが優勝したように、投手陣をまとめてきた黒田博樹

今季2000本安打の偉業を成し遂げた新井貴浩

若手のホープ鈴木誠也を中心にチームがまとまり、

実に25年ぶりのリーグ優勝を果たしたのです。

野球は一人でやっているのではないとつくづく感じました。

 

若手投手では、野村祐輔投手が

25試合に登板して16勝3敗で

最多勝利投手となる好成績を挙げています。

 

他にも大瀬良大地投手、福井優也投手も

来シーズンの活躍が期待されています。

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⚾今もカープ投手に夢を託す津田プレート

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広島の投手は、登板する前に必ずさわっていくものがあります。

 

初代の広島市民球場には、

その 功績と人柄を讃え

「直球勝負 笑顔と闘志を忘れないために」

の文章が浮き彫りにされた

メモリアルプレート(津田プレート)が設置されています。

 

現在、このプレートは2

009年に開場した広島の新本拠地

MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島に移設されています。

 

「弱気は最大の敵」

25年前にリーグ優勝したとき、

【炎のストッパー】と呼ばれ、

32歳の若さで脳腫瘍の為逝去した津田恒美投手の言葉です。

 

夏の甲子園で打たれたソロ本塁打で

0−1と惜敗して以来の座右の銘です。

直球勝負をせず、カーブでかわそうとしたボールを

本塁打されたことを悔やんでの教訓でした。

 

 

 

多くの野球ファンが 津田恒実という人間を亡くなって

20年以上も忘れないでいるのは、

マウンド上で飛び跳ねるような

躍動感あふれる豪快なピッチングと

「気が優しくて、プレッシャーに弱い」

自分と常に戦っていた津田投手の姿が

忘れられないのだと思っています。

 

闘病中最後まで、

ボールを離さなかったという津田投手の

「もう一度なげたかった」という夢は

かなうことはありませんが、

時に弱気になるかもしれないカープの投手を

プレートから励まし続けているのだと思います。

 

それは、生きている全ての人間に

向けられているのではないでしょうか。

<関連記事>

津田恒美広島カープ炎のストッパーの最後のストライクとは

▶津田恒美広島カープ【炎のストッパー】と呼ばれた投手最後の登板

 

野球殿堂入り

津田投手は、在籍10年で49勝41敗90セーブと

特別に目立つ成績ではありませんでしたが、

2012年に野球殿堂入りしました。

 

現役中に病死したという伝説的なイメージで

選出されたという感もありますが、

野球界に残した功績は大きいと評価されたのだと思います。

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