7本の指で果たしてピアノの演奏ができるものなのでしょうか。

それも自分でただ弾いて楽しむピアノではなく

プロとしてお金をいただいく音楽家としてのピアノで。

 

 

ピアニストとしての命、

手の指が動かなる難病ジストニアから復活した西川悟平さんが

12月26日のEテレハーネットTVに出演されました。

 

西川悟平さんと盲目のピアニストとして有名な辻井伸行さんとを

比較することは大変失礼なことかもしれませんが、

もしかするとピアノ演奏だけをとらえて考えれば

7本指でプロの演奏をする方が難しいのではないかと

管理人は思うのです。

 

10本の指を駆使しても

自分の想いを表現することができないかもしれないのに

7本の指で。

 

おそらく西川さんにしかできない何かが

西川さんの生い立ちや人となりの中にあると思いますので

ぜひ、その理由を突き止めたいと思います。

 

西川悟平ブログ『西川悟平 7本指のピアニスト』

http://goheinishikawa.blogspot.com/

 

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♬ 西川さんのピアノプロフィール ♬

 

ピアニストと言えば、もの心ついたときからピアノが身近にあり

五歳くらいから練習を始めて、

有名な音楽学校や教師の元で厳しい練習をして

音楽大学で学んで、ヨーロッパに留学してメジャーになる。

 

こうした英才教育を受けた人だけが一流のピアニストになる。

管理人は、そんな感じでとらえています。

 

しかし、西川さんの場合はそんな英才教育とは全く無縁でした。

  • 西川さんが小学生の頃の夢は「映画スターか映画監督」
  • 小学校の音楽の成績は可もなく不可もなく。
  • 中学校ではブラスバンド部でしたが、ピアノでなくチューバに熱中
  • 音大にいくためにはバイエルンが必要と15歳からピアノを始める
  • 男子高に入りショパンに魅せられチューバからピアノに。
  • ショパンは高校在学中に弾けるようになる
  • チューバでなく、ピアノで音大にチャレンジすることを決意する。
  • 出遅れた西川さんは不利なことを知り、短大から4年制に編入することを考える。
  • しかし、編入試験に合格することなく音大への進学は断念

 

  • 2回の編入試験に落ちて、西川さんは意気消沈。
  • 雑貨屋で働いたり、外国を放浪したり、就職したのは和菓子屋さん
  • ピアノを弾きたいという熱意はあるのですがはけ口がないのです。
  • 時々頼まれてバーで弾いたり、小さな演奏会にでるだけ。

  • ある日西川さんのピアノは、ニューヨークから来ていた              2人のピアニストの耳にとまる
  • 「はっきり言ってうまくはない。でも熱意があって何か語ろうとしている。       何かが私の心をとらえる。
  • 2人の巨匠は、ニューヨークでのレッスンと演奏するチャンスを確約。
  • 2人の巨匠が用意していたのは、ニューヨークで2000人収容できるホール
  • 和菓子屋の店員は、ニューヨークでデビューを果たのでした。

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