私と五日市剛さんの「ツキを呼ぶ魔法の言葉」小冊子との出会いは

ちょうど12年前、私が脳内出血を発症して倒れて

幸い半年間のリハビリ・入院の後に職場復帰できた頃でした。

脳内出血発症から職場復帰までの記録はこちらをどうぞ

『中高年脳卒中灯病記』

 

職場復帰から数か月、障害の残った左半身のケアのために

オガクズ風呂に行ったところ

五日市さんの「ツキを呼ぶ魔法の言葉」の小冊子がおいてありました。

待ち時間で少し読み「400円」で販売もしているので

購入して帰りました。

 

 

内容に引き込まれたのと、小冊子ですから一気に読みました。

もともと、スピリチュアルなことに関心があったこともあり

感動!!感動!!また感動!!でした。

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それでは、スピリチュアルな視点から

五日市剛さんの「ツキを呼ぶ魔法の言葉」を紹介します。

 

小冊子「ツキを呼ぶ魔法の言葉」が生まれたいきさつ

この小冊子は、五日市さんが出版社に持ち込んだのでも

出版社が五日市さんに出版を依頼したものでもありません。

 

平成13年に安田善次郎さんという方が友人から

五日市さんの講演会のテープを聞き、

深い感動に包まれた安田さんは、

「この感動を自分だけのものにするのはもったいない」

と強く思ったのです。

 

そこで、友人を通して講演のテープ起こしの了承を

五日市さんにお願いしたのですが、

「この話はごく限られた親しい集まりでの話であり、

個人のプライバシーの内容もある」との理由で

了承がえられませんでした。

 

あきらめきれなかった安田さんは、

再度友人を友人を通してお願いして

何とか了承を得ることができたのです。

 

安田さんは、さっそく、このテープ起こしの文章を

15部作成し、志を同じくする友人に手渡しました。

 

すると、この文章は読む人に感動を与え、

次から次にコピーされ多くの人に渡りました。

 

そして、3年後の平成16年に小冊子にまとめられたのを機会に

さらに多くの人に読まれていったのです。

 

ちょうど、管理人の手元に小冊子が届いたのが

平成17年ではないかと記憶しています。

ネットでは、五日市さんのことを

「怪しい」「宗教」などと批判している人もいるようですが、

五日市さんは、自ら小冊子の発行をしたわけでも

有名になろうとしたわけではありません。

 

必然的に、講演会のテープ起こしを依頼され

広がるべきして広がった小冊子ですから、

きっと神様が多くの人に

五日市さんの「ツキを呼ぶ魔法の言葉」を

読んで欲しかったのではないでしょうか。

 

五日市剛イスラエルでスピリチュアルなおばあさんと出会う

五日市さんは、昭和59年 国立宮城高専を卒業し、

豊橋技術科学大学に編入学したので

28歳まで学生生活を送りました。

 

私がが、五日市さんに親しみを持ったのは、

学校は違いますが、同じ高専生であったことことでした。

今は、卒業生も増えましたが、私は13期生だったので

まだ卒業生も少なく、仕事先で高専生と出会うと

同じ学校でなくても、親しくなれたものです。

 

話をもどします。

五日市さんは、25歳のときあることがキッカケで

中東問題に興味を持ったそうです。

 

理工系の学生なのに民族問題に興味を持ち、

イスラエルに行きたいと言う思いが我慢できなくなり

ちょうど湾岸戦争の起こった年の冬、

クリスマスの数日前に日本っをたってイスラエルへ

1ヶ月という長い旅に出発したのでした。

五日市さんが何のキッカケで、

中東の民族問題に興味を持ったのかは

書かれていないのでわかりませんが、

イスラエルに行ってからのスピリチュアルな体験を読むと

五日市さんの前世で何か中東(特にイスラエル)との関係が

あったのではないかと推測してしまいます。

 

よほどの縁がないと、いくら中東に興味があると言っても

湾岸戦争中にイスラエルに行くことなど考えられません。

 

イスラエルというと緯度も低く、地中海に面して

とてもても暖かい国のように感じられます。

同じように思った五日市さんでした。

 

ところが、その年はなんと数十年に一度あるかないかという

大寒波の年で旅行中にドカ雪まで降ったそうです。

そんな気候を現地に行ってしった五日市さんは、

薄着だったので、毎日ブルブル震えていたそうです。

 

五日市さんは、クリスマスの日の夕方に

イスラエルの「ハイファ」という港町につきました。

 

イスラエルの中でも大きな都市で、有名な港町なので

ホテルはすぐに見つかるだろうと思っていましたが、

夜の9時頃になってもホテルはみつかりませんでした。

 

若い五日市さんも

「俺もここで終わりかな?」

などど縁起でもないことが頭にうかびました。

 

もうダメかなと思ったその時に

1人のニコニコしたおばあさんが五日市さんに近づいてきました。

「どうしたんですか?顔色が悪いですよ。」と英語で話しかけてきました。

「日本から来たものですが、泊まるところがないんです。」

 

しばらく話をしていると、そのおばあさんは微笑んで

「よかったら、私の家にどうぞ」と言ったのです。

五日市さんも驚きました。

 

日本にいて、日本人同士でもそんなことはいいません。

五日市さんも身構えて、すぐに「お願いします」と言わずに

「もう少しホテルを捜してみて、もし見つからなかったら

お願いするかもしれませんので、よろしくお願いします。」と言って

紙に住所と簡単な地図を書いてもらって

再びホテルを捜し始めました。

でも結局どのホテルもみんな閉まっていて

勇気を振り絞っておばあさんのところに行ったのです。

おばあさんの家につてドキドキしながら、

「ピンポン」とボタンを押しました。

 

するとボタンを押すと同時に、すぐにドアが開いて

「お待ちしておりました。」とおばあさんがでてきました。

心臓が飛び出るほど驚いた五日市さんでした。

おばあさんは、ドアの所で五日市さんを待っていたのでしょうか。

 

「どうぞ、どうぞ、寒いでしょ。中へどうぞ。」

外は本当に寒くて、驚きましたが、救われた気持ちでいっぱいでした。

 

おばあさんは、「スープがあるわよ。食卓へどうぞ。」

奥の食卓に入ると丸いテーブルがあり、本当にスープが二皿ありました。

そのスープ口に運ぶととっても熱いんです。とても美味しいし。

 

ここで五日市さんは、

「待てよおばあさんは1人暮らし・・・、事前に僕が来るのがわかって

2人分のスープをつくって、玄関に行って待っていたのかな?

しかも、スープはまだ熱い・・・・」

なんて考えていると夜眠れなくなるのでやめました。

 

五日市さんは、スープを飲みながらおばあさんといろいろな話をしました。

といっても五日市さんはほとんど聞き役でした。

知らない人を家に泊めるのだから本当なら

五日市さんのことをいろいろ聞くはずですが、

おばあさんは、ひたすら自分のことばかり話すのでした。

 

おばあさんは、五日市さんの目をじっとみながら話をするのです。

どうも自分の心を見られているような気がして妙な気分でした。

そんな不思議な雰囲気のおばあさんでした。

夜も遅くなったので

「おばあさん、いろいろありがとう。おやすみなささい。」

とうことでベットのある部屋に入りました。

 

ベットの枕元には、1人の少女の絵が飾ってありました。

その絵は

  • とっても不思議な感じで
  • 目元がボアーンとぼやけていて
  • 見ていると魂が吸い込まれそうな
  • この世の絵とは思えないような絵でした。

五日市さんは、そんな部屋に泊めてもらいました。

 

イスラエルのおばあさんから五日市さんへの贈り物

次の日の朝起きて、パンとスープを食べていると

おばあさんはニコニコしながら

「今日、息子夫婦たちが来て一緒に国内旅行するの。

私は、数日間不在にするけど、五日市さんはここにいたければ

泊まっていってもいいのよ。」

とビックリすることをサラリというのでした。

 

そして出かける前に

「あっ そうそう、忘れてた、忘れてた」と言って寝室に戻り

何やら箱を二つ持ってきたのです。

「これ、あなたにあげるわ」と言ってさしだしたのです。

 

そして、五日市さんに向かって

「1つだけ約束してね。あなたの誕生日が来たら、箱を開けてね。」

「えっ、どうして誕生日に?」

「開けたらわかるよ。」

つまり、五日市さんの誕生日が来たら2つの箱の内1つを開けて

次の誕生日が来たら残りの1つの箱を開けてね。ということでした。

2つの箱は、

  • 1つは大きくて白い箱
  • もう1つは小さくて黒い箱でした。

五日市さんは、おばあさんと別れた後、

お言葉に甘えてもう一泊させてもらい

その後約3週間イスラエル国内を旅行して回り

日本に帰国したのでした。

 

五日市さんのイスラエルでのスピリチュアルな体験は

ここで終わるのですが、おばあさんの家にとめてもらって

話をしたときにいくつか強く印象に残っている

ことがあるので紹介しています。

小冊子の題名になっている言葉です。

 

五日市さんがイスラエルのおばあさんに聞いた印象に残る話        「ありがとう」と「感謝します」はツキを呼ぶ魔法の言葉

 

おばさんの話は、スピリチュアルなところがあり、

五日市さんはただ相槌をうちながら聞いているだけでしたが、

引き込まれて途中からは自分から質問していました。

おばあさんから五日市さんに向かっての話です。

・運命というのは、あるのよね。私たちの人生はね。

最初からほとんど決まっていたのよ。

・私は、ユダヤ教徒だけど、『生まれ変わり』を信じているの

過去世や来世というのはあると思うわ

・ツイてるツイてない、という「ツキ」というものもあるのよ

そのツキというのはね。簡単に手に入るものなのよ。

「えっ・・・、どうしたら手にはいるんですか?」

ツキを呼び込む魔法の言葉があるのよ。

これさえ唱えていれば、誰でもツキっぱなしになるわよ。

「本当?どんあ言葉かな。教えてください。」

・いいわよ。誰でもよく使う言葉なんだけど。2つあってね。

  1. 『ありがとう』
  2. 『感謝します』

ねっ、かんたんでしょ。

「月並みな言葉なんですね。どう使い分けするのですか?」

もちろん、どんな時でも自由に使っていい言葉なんだけど。

ある状況の時に使い分けたら効果的かもね。

『ありがとう』という言葉は

何か嫌なことがあったときに使ったらどうかな。

運転中事故っちゃった時とか、遅刻しそうでイライラするとき

『イライラさせていただきありがとう

あなたの親が亡くなっても歯をくいしばって『ありがとう』というのよ。

 

どうして、イヤな事がおきたときに『ありがとう』と言うかわね。

  • 人は、イヤな事がおこるとまたイヤなことを考えてしまう。
  • そうするとまた、イヤなことがことがおこる。
  • 「不幸は重なる」というけど間違いなくこの世の法則なの。

だけどそこで『ありがとう』を言うと

  • その不幸の鎖が断ち切れちゃうの
  • それだけでなく、逆に良いことがおこるようになるの。
  • 「災い転じて福となす」という言葉があるでしょう。
  • どんな不幸と思われる現象も、幸せと感じる状況に変えてくれる
  • 絶対にね。

だから、『ありがとう』という言葉は魔法の言葉なのよ。 

『感謝します』についておばあさんは、

  • 何か良いことがあったら言ってみたらどうかな。
  • 例えば、明日「晴れて欲しい」と思って実際晴れたら『感謝します』
  • まだおこっていない未来のことでも、明日晴れました。『感謝します』
  • 1週間後〇〇に合格させていただき『感謝します』
  • イメージしながら言い切ると本当にそうなってしまうのよ。
  • 何の疑いも不安も心配もなく、力まずに自然とそう思い込めね。

 

 

五日市さんが、あるときおばあさんの言葉を思いだして

何気なく『ありがとう』と言う言葉を漢字で書いてみたら、

『有り難う』「ああ、そうか難があるときに『有り難う』か!

偶然の一致にしては、

漢字を知らないおばさんなのにスゴイと思ったそうです。

 

管理人は、『ありがとう』という言葉を

イスラエルのおばあさんから聞かされ

さらに

「不幸ななことがあったときに使ったらどうかな」

そして『ありがとう』という魔法の言葉

  • その不幸の鎖が断ち切れる
  • それだけでなく、逆に良いことがおこるようになる

 

と言う話もありました。

 

日本は『言霊の国』ですから

『ありがとう』という言葉の意味や力を研究している人はたくさんいます。

その中でも管理人の大好きな「しあわせ研究家:小林正観さん」

の『ありがとう』に対する考え方がイスラエルのおばあさんの

おっしゃっていることを裏付けているように思えたので紹介します。

 

『ありがとう』は敵を味方にかえる魔法の言葉

  • 感謝をし、ありがとうと言っていると、相手がどんどん変わっていく
  • 敵対的なこを言っていた人でさえいつのまにか味方をしてくれる
  • 『ありがとう』という想いと言葉を投げかけられた全てのもの
  • 鉱物、植物、動物、人、物たちは必ず投げかけた人を応援したくなる

これが宇宙の大法則です。と語っておられます。

 

イスラエルのおばあさんが言う『ありがとう』の

「災い転じて福となす」力は、ありがとうを受けたすべてのものが

応援してくれるからだと思います。

 

また、小林正観さんは、神社仏閣は願い事をするところではなく

「ありがとうと感謝をする場所」だという考えを持たれていました。

詳しい内容はこちらの記事からどうぞ

「初詣」は願い事より感謝の「ありがとう詣」

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話を五日市さんに戻します。

イスラエルのおばあさんはさらに話を続けました。

 

五日市さんがおばあさんに聞いた絶対に言ってはいけない言葉

・五日市さん、絶対に言って」はいけない言葉があるのよ。

 言っちゃうと、ツキが吹っ飛んじゃうの。

「へえ~、どんな言葉なんですか」

・まずはね。汚い言葉。

「てめ~」とか「死んじまえ」とか「バカヤロー」

「クソッタレ」とかね。

そういう汚い言葉を平気で使う人というのはね。

そういう人生を歩むのよ。

だから綺麗な言葉を使いなさい。

  • それからね。人の悪口を言っちゃあダメよ。絶対ダメ。
  • 部屋に1人でいるときも、人の悪口を言っちゃダメ
  • 人を怒ってもツキは逃げていっちゃうわ
  • 怒れば怒るほど、あなたが積み重ねたツキが逃げるの
  • だからネガテイブな言葉を使っちゃあダメ
  • どんな言葉にもね。魂があるの。本当よ。
  • きれいな言葉だけを使いましょ。

五日市さんは、当時の学生生活を振り返って

自分が汚い言葉ばかりを使っていたことに気づきました。

そして、その頃は人間関係にひどく悩んだり、

些細なことで苦しんだりすることが、実に多かったということです。

 

だからおばあさんの話に本当に「ドキッ」としたのでした。

 

おばさんの話が終わって五日市さんが感じたことは、

  • おばあさんの話は、変わった話でなくとても道徳的な話でした。
  • つまり、「自分の口から発する言葉が自分の人生をつくる」
  • 今まで、指導的な立場の人が同じことを言っていると思います。
  • 僕は初めて聞きました。
  • しかも異国の地で。
  • とにかくおばあさんが言ったことは、すべて府に落ちました

 

 

管理人も五日市さんと同じように素晴らしい話だと感じました。

脳内出血を発症する前は、会社人間としていかに

「効率をあげる仕事をする」「売上げを上げるか」

しか頭になかったように思います。

 

そして、脳内出血を発症したことによって

もう、効率や売上げだけを気にする生活を、送ることはありませんでした。

 

五日市さんと違うところは、

まだまだ『ありがとう』『感謝します』

をマスターできていなかったことでしょうか。(笑)

 

『ありがとう』『感謝します』を実践するその後の五日市さん

 

イスラエルのおばあさんから『ありがとう』『感謝します』という言葉が

「ツキを呼ぶ魔法言葉」だと初めて聞いた五日市さんは、

さっそく実生活に取り入れ、ひたすら

『ありがとう』『感謝します』を実践するようになりました。

 

そして、意外と早く綺麗な言葉を使えるようになったそうです。

その結果、五日市さんの人生はガラッと変わってしまいました。

「ツイてる、ツイてる、ツキっ放し!!」の人生になったのです。

 

そのことが理解できる話が書かれていました。

五日市さんが、おばあさんと出会ってから

2回交通事故を起こしています。

 

1回目は学生時代にバイクでおばあさんを、はねたのです。

五日市さんは、おばあさんをはねたときに

自然に『ありがとう』という言葉がでたんです。

 

幸い、おばあさんは、到着した救急車に自分で乗り込み

検査の結果どこも異常はありませんでした。

 

この交通事故が縁となり、おばあさんの家と

家族ぐるみのつきあいをするようになったそうです。

  • おばあさんの家はお茶農家だったのでアルバイトに行ったり
  • 中学生のお孫さんの家庭教師をしたこともありました。
  • その男の子登校拒否だったのですが、立ち直ってくれました。
  • おばあさんも大喜びでした
  • なんどおばあさんは、五日市さんの結婚披露宴に出席して
  • 進んで趣味の三河太鼓をたたいてくれたのです。

 

2回目の事故は、会社に就職してから車で正面衝突しました。

後部座席の娘さんに気を取られていた若いお母さんの車が

いきなり対向車線に入り込んで正面衝突でした。

 

しかし、その時もぶつかる瞬間『ありがとう』と言えたのです

すると、妙に心が落ち着いて全く怒りが出てこないのです。

相手が悪いのですから、普通なら

「コノヤロー、どこ見て運転しているんだ」とどなって当たり前です。

 

こんな事故で知り合った相手のご家族ですが、

今でも家族ぐるみのお付き合いが続いているそうです。

 

すごいですね。事故の瞬間に『ありがとう』ってなかなか出てきません。

頭では、ツキを呼ぶ魔法の言葉だとはわかっていても。

五日市さんは、完全に『ありがとう』マスターになれたんですね。

 

この小冊子の題名『ツキを呼ぶ魔法の言葉』の話は以上で終わりです。

たくさんスピリチュアルな要素があったと思うのですが、

ここまで読んで下さったあなたは、

五日市さんが、イスラエルのおばあさんからもらった

2つの箱の行方が気になりませんか?

 

そうです。五日市さんの誕生日に開けて欲しいと

もらった大きくて白い箱と小さくて黒い箱の行方です。

 

「すぐに開けていけない」なんて、

まるで、浦島太郎のような話ではありませんか。

五日市さんがイスラエルのおばあさんからもらった2つの箱

【1つ目の箱】

長いイスラエル旅行から帰り、カバンを開けると箱が2つでてきました。

「何が入っているんだとう。でも誕生日まで開けちゃいけない」

そう思い、箱を本棚に置いたのです。

 

それから半年27歳の誕生日がやってきました。

いつも大きな方を選ぶクセがあったので

軽いけど大きい箱を選びました。

 

「あれ?」

意外にも何も入っていませんでした。

 

おばあさんは、「開けたらわかるわよ」と言ってましたが、

これじゃあわからないよ。

もう1箱の方は、重量感がありますので、空ということはありません。

絶対に!!

【2つ目の箱紛失】

それから半年くらいたったある日のこと、

寝ているときにおばあさんの夢を見ました。

ニコニコしたおばあさんが、夢の中にでてきたわけです。

真夜中にもかかわらず目がさえて眠れなくなってしまいました。

 

それまで残りの黒い箱にあまり関心はなかったのですが、

急に好奇心がでてきてますます眠れなくなりました。

「約束を破ることになるけど思い切って開けてみよう」

1人暮らしで誰もいないのに、キョロキョロしながら

ベットを離れて本棚のところに行きました。

 

「あれ?」本棚を見ると、箱が見当たらない。どこに行ったんだろう。

本棚の後ろに落ちたのかと思って、部屋中探し回ったのですが、

どうしても見つかりません。

 

結局朝まで探したのですが、見つかりません。

怒られるのを覚悟でイスラエルのおばあさんのところに電話しました。

そしたら、おばあさんの息子さんが電話にでて

なんとおばあさんは、3ヶ月前に亡くなっていたのでした。

 

息子さんに箱のことを話すと、いきなり

「誕生日の前に、開けようとしたんだろう?」

沈黙が続きました。

それでも勇気を振り絞って

「あの箱には何が入っていたんでしょうね」

と聞いてみたのです。

 

息子さんは、気になることを3つ言いました

  1. 恐らく、おふくろが一番大事にしていたものでしょう。
  2. 大丈夫、必ずでてきますよ。もしかするとあなたの誕生日に
  3. それは、あなたに幸せをもたらすものでしょう。

英語でのやりとりですから、言葉の意味はわかったのですが、

どうもその3つの言葉の繋がりがよくわかりませんでした。

とにかく、電話はそうした会話で終わりました。

 

五日市さんは、就職が決まり、住んでいたアパートを引き払うために

部屋のあちこちを掃除しましたが、

残念ながら箱はでてきませんでした。

 

【2つ目の箱が見つかる】

五日市さんが、会社の寮に移って3か月くらいたったころ

以前住んでいた近くに住む親しいおばさんから電話がありました。

 

五日市君、まだ独身なら素敵な女性がいるんだけど会ってみない?」

その女性にあったのですが、初対面なのにとても話があったのです。

次の週も会うことになったのですが、

あまりに楽しかったので「結婚しようか」とプロポーズしました。

 

返事はもらえませんでした。当然ですよね。会っての2回目ですから。

次の週は、五日市さんの誕生日でした。

皆さん驚くかもしれませんが、あの箱がでてきたんです。

ヒエ~「どこから」というと送られてきたんです。

「誰から」というと、なんとプロポーズした彼女からでした。

 

いやあ 本当に驚きました。

  • 同じ黒い色で長細く
  • 箱をもった重量感も同じ
  • まちがいなくあの朝なくした箱と同じ

もう腰が抜けそうで、震えて怖くて開けられません。

そこで、すぐに彼女の家に電話をかけました。

 

彼女に大声で聞きました。

「この箱いったいどうしたんだ」

彼女はびっくりして

「どうしたもこうしたもないでしょう。

今日はあなたの誕生日じゃないの」

彼女は、誕生日のプレゼントに豊橋の駅前のデパートで買ったのです。

 

あれ、そうなの!と意外に思いましたが、

それでも緊張しながら、そっと箱をあけてみました。

中には、ギフト用のペンが入っていたのです。

 

その時、イスラエルのおばあさんの息子さんが

言った3つの言葉を思いだしました。

  1. 恐らく、おふくろが一番大事にしていたものでしょう。
  2. 大丈夫、必ずでてきますよ。もしかするとあなたの誕生日に
  3. それは、あなたに幸せをもたらすものでしょう。

おばあさんは、自分のことばかりしゃべっていましたが、

「私の趣味はね。ペン集めなの。」

おばあさんの大事にしていたものは「ペン」だったのです。

 

そして、彼女からの黒い箱の中には、

プロポーズの返事が入っていたのです。

 

不思議な話ですよね。

奥さんにこのことを話たら、

「え~、そんなことがあったの~」と言って泣き出したそうです。

そりゃあ、驚きますよね。

 

黒い箱は、全く不思議な話でしたが、

ハッピーエンドとなりました。

 

もう一方の何も入ってなかった白い箱は、どうなのでしょうか。

五日市さんは、高専生のとき家庭教師として不良少女だった

2つ年下の女の子を立ち直らせ、進学高校に合格させていました。

 

恋人関係ではありませんでしたが、

それ以後も2人の関係は続いていました。

五日市さんは、白い箱を開けた27歳の誕生日に

「よし、今度来たら彼女にプロポーズしてやろう」

と考えていました。

ところが、彼女から以前五日市さんが紹介した大学の後輩と

結婚することを告げられたのです。

白い箱に何も入っていなかったは、このことなのです。

 

これで、イスラエルのおばあさんから

五日市さんへのプレゼント

「ツキを呼ぶ魔法の言葉」は終わりです。

 

まとめ

 

とても信じられないような不思議な話でした。

しかし、五日市さんにこのような不思議な話を

創作するメリットは何もありません。

ごく親しい人との集まりで話をしただけです。

 

まるで『ツキを呼ぶ魔法の言葉』

自らを多くの人に知らせて欲しいと飛び出したかのようです。

 

私は、宗教家でもありませんし、

スピリチャルが好きなただのシニアですが、

私なりにこの小冊子の意味を考えていました。

 

五日市さんが、若くして中東に興味を持ったことも

イスラエルに向かい会うべきしておばあさんに合ったことも

運命で定められていたのです。

 

そして、おばあさんは、まるで五日市さんが

イスラエルに来るのがわかっているように

待っていました。

 

そして、五日市さんに大切な話と2つの箱を送って

3ヶ月にはまるで、人生最後の役目を果たし終えたように。

亡くなってしまいます。

 

おばあさんが願っていたのは、

五日市さんが幸せになることでした。

そして、五日市さんに伝えた『ツキを呼ぶ魔法の言葉』を通して

多くの人が幸せになることを願っていたのではないでしょうか。

私の勝手な推測ですが、

五日市さんは、前世で中東かその近くで生まれていた。

そして、人々を救うための話を伝える人でした。

今世イスラエルで出会ったおばあさんは、

前世で五日市さんに救われていたのです。

 

そう考えれば、この不思議な話の謎が少しはとけてくると思います。

 

私が、この小冊子と出会ってからすでに10年以上が経過しました。

友人、知人に機会があればこの小冊子を送ってきました。

今回、このブログでさらに多くの人に

『ツキを呼ぶ魔法の言葉』を伝えるチャンスを

与えられたことに感謝します。

 

五日市さんは、今世実業家されていますが、

小冊子が出版されてから、前世でされていたと同じように

各地で講演会を開かれています。

 

いつかお会いして直接話を聞くことを楽しみに

毎日を大切に生きていきます。

 

長文を最後まで読んでいただきありがとうございます。