管理人が五日市剛さんの「ツキを呼ぶ魔法の言葉」

小冊子と出会ったのは、ちょうど12年前です。

 

管理人が46歳のときでした。

脳内出血を発症して倒れましたが、

幸い半年間のリハビリ・入院の後に

職場復帰できた頃でした。

 

脳内出血発症から職場復帰まで

記録はこちらをどうぞ

『中高年脳卒中灯病記』

 

職場復帰から数か月経過して

障害の残った左半身のケアのために

近くにあるオガクズ風呂に行きました。

 

五日市さんの「ツキを呼ぶ魔法の言葉」

小冊子がおいてありましたので

待ち時間で少し読み、面白そうだったので

「400円」で販売もしているので

購入して帰りました。

 

内容に引き込まれたのと、小冊子ですから

家に帰ってから、一気に読みました。

もともと、スピリチュアルなことに

関心があったこともあったので

感動!!感動!!また感動!!でした。

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それでは、スピリチュアルな視点から

五日市剛さんの「ツキを呼ぶ魔法の言葉」を紹介します。

 

★小冊子「ツキを呼ぶ魔法の言葉」が生まれたいきさつ

この小冊子は、五日市さんが出版社に持ち込んだのでも

出版社が五日市さんに出版を依頼したものでもありません。

 

平成13年に安田善次郎さんという方が友人から

五日市さんの講演会のテープを聞き、

深い感動に包まれた安田さんは、

「この感動を自分だけのものにするのはもったいない」

と強く思ったのです。

 

そこで、友人を通して講演のテープ起こしの了承を

五日市さんにお願いしたのですが、

「この話はごく限られた親しい集まりでの話であり、

個人のプライバシーの内容もある」との理由で

五日市さんの了承がえられませんでした。

 

あきらめきれなかった安田さんは、

再度友人を友人を通してお願いして

何とか了承を得ることができたのです。

 

安田さんは、さっそく、このテープ起こしの文章を

15部作成し、志を同じくする友人に手渡しました。

 

すると、この文章は読む人に感動を与え、

次から次にコピーされ多くの人に渡りました。

 

そして、3年後の平成16年に

小冊子にまとめられたのを機会に

さらに多くの人に読まれていったのです。

 

ちょうど、管理人の手元に小冊子が届いたのが

平成17年ではないかと記憶しています。

ネットでは、五日市さんのことを

「怪しい」「宗教」などと批判している人もいるようですが、

五日市さんは、自ら小冊子の発行をしたわけでも

有名になろうとしたわけではありません。

 

必然的に、講演会のテープ起こしを依頼され

広がるべきして広がった小冊子ですから、

きっと神様が、多くの人に

五日市さんの「ツキを呼ぶ魔法の言葉」を

読んで欲しかったのではないでしょうか。

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★五日市剛イスラエルでスピリチュアルなおばあさんと出会う

 

五日市さんは、昭和59年 国立宮城高専を卒業し、

豊橋技術科学大学に編入学したので

28歳まで学生生活を送りました。

 

管理人が、五日市さんに親しみを持ったのは、

学校は違いますが、同じ高専生であったことことでした。

今は、卒業生も増えましたが、私は13期生だったので

まだ卒業生も少なく、仕事先で高専生と出会うと

同じ学校でなくても、親しくなれたものです。

 

話を元にもどします。

五日市さんは、25歳のときあることがキッカケで

中東問題に興味を持ったそうです。

 

理工系の学生なのに民族問題に興味を持ち、

イスラエルに行きたいと言う思いが我慢できなくなり

ちょうど湾岸戦争の起こった年の冬、

クリスマスの数日前に日本っをたってイスラエルへ

1ヶ月という長い旅に出発したのでした。

 

五日市さんが何のキッカケで、

中東の民族問題に興味を持ったのかは

書かれていないのでわかりませんが、

イスラエルに行ってからのスピリチュアルな体験を読むと

五日市さんの前世で何か中東(特にイスラエル)との関係が

あったのではないかと推測してしまいます。

 

よほどの縁がないと、いくら中東に興味があると言っても

湾岸戦争中にイスラエルに行くことなど考えられません。

 

イスラエルというと緯度も低く、地中海に面して

とてもても暖かい国のように感じられます。

同じように思った五日市さんでした。

 

イスラエル数十年に一度の大寒波がおばあさんとの出会い

 

ところが、その年はなんと数十年に一度あるかないかという

大寒波の年で旅行中にドカ雪まで降ったそうです。

そんな気候を現地に行ってしった五日市さんは、

薄着だったので、毎日ブルブル震えていたそうです。

 

五日市さんは、クリスマスの日の夕方に

イスラエルの「ハイファ」という港町につきました。

 

イスラエルの中でも大きな都市で、有名な港町なので

ホテルはすぐに見つかるだろうと思っていましたが、

夜の9時頃になってもホテルはみつかりませんでした。

 

若い五日市さんもさすがに寒さに震えて

「俺もここで終わりかな?」

などど縁起でもないことが頭にうかびました。

 

もうダメかなと思ったその時に

1人のニコニコしたおばあさんが五日市さんに近づいてきました。

「どうしたんですか?顔色が悪いですよ。」と英語で話しかけてきました。

「日本から来たものですが、泊まるところがないんです。」

 

しばらく話をしていると、そのおばあさんは微笑んで

「よかったら、私の家にどうぞ」と言ったのです。

五日市さんも驚きました。

 

日本にいて、日本人同士でもそんなことはいいません。

五日市さんも身構えて、すぐに「お願いします」と言わずに

「もう少しホテルを捜してみて、もし見つからなかったら

お願いするかもしれませんので、よろしくお願いします。」

と言って紙に住所と簡単な地図を書いてもらって

再びホテルを捜し始めました。

でも結局どのホテルもみんな閉まっていて

勇気を振り絞っておばあさんのところに行ったのです。

 

おばあさんの家につてドキドキしながら、

「ピンポン」とボタンを押しました。

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おばあさんは、五日市さんとの出会いがわかっていた?

 

するとボタンを押すと同時に、すぐにドアが開いて

「お待ちしておりました。」とおばあさんがでてきました。

心臓が飛び出るほど驚いた五日市さんでした。

おばあさんは、ドアの所で五日市さんを待っていたのでしょうか。

 

「どうぞ、どうぞ、寒いでしょ。中へどうぞ。」

外は本当に寒くて、驚きましたが、救われた気持ちでいっぱいでした。

 

おばあさんは、「スープがあるわよ。食卓へどうぞ。」

奥の食卓に入ると丸いテーブルがあり、

本当にスープが二皿ありました。

そのスープ口に運ぶととっても熱いんです。

とても美味しいし。

 

ここで五日市さんは、

「待てよおばあさんは1人暮らし・・・、事前に僕が来るのがわかって

2人分のスープをつくって、玄関に行って待っていたのかな?

しかも、スープはまだ熱い・・・・」

なんて考えていると夜眠れなくなるのでやめました。

 

五日市さんは、スープを飲みながらおばあさんといろいろな話をしました。

といっても五日市さんはほとんど聞き役でした。

知らない人を家に泊めるのだから普通なら

五日市さんのことをいろいろ聞くはずですが、

おばあさんは、ひたすら自分のことばかり話すのでした。

 

おばあさんは、五日市さんの目をじっとみながら話をするのです。

どうも自分の心を見られているような気がして妙な気分でした。

そんな不思議な雰囲気のおばあさんでした。

 

夜も遅くなったので

「おばあさん、いろいろありがとう。おやすみなささい。」

とうことでベットのある部屋に入りました。

 

ベットの枕元には、1人の少女の絵が飾ってありました。

その絵は

  • とっても不思議な感じで
  • 目元がボアーンとぼやけていて
  • 見ていると魂が吸い込まれそうな
  • この世の絵とは思えないような絵でした。

五日市さんは、そんな部屋に泊めてもらいました。

 

★イスラエルのおばあさんから五日市剛さんへの贈り物

 

次の日の朝起きて、パンとスープを食べていると

おばあさんはニコニコしながら

「今日、息子夫婦たちが来て一緒に国内旅行するの。

私は、数日間不在にするけど、

五日市さんはここにいたければ

泊まっていってもいいのよ。」

とビックリすることをサラリというのでした。

 

そして出かける前に

「あっ そうそう、忘れてた、忘れてた」と言って

寝室に戻り何やら箱を二つ持ってきたのです。

「これ、あなたにあげるわ」と言ってさしだしたのです。

おばあさんから五日市さんへの贈り物は2つの箱

 

そして、五日市さんに向かって

「1つだけ約束してね。あなたの誕生日が来たら、箱を開けてね。」

「えっ、どうして誕生日に?」

「開けたらわかるよ。」

つまり、五日市さんの誕生日が来たら

2つの箱の内1つを開けて

次の誕生日が来たら残りの1つの箱を開けてね。

ということでした。

 

2つの箱は、

  • 1つは大きくて白い箱
  • もう1つは小さくて黒い箱でした。

五日市さんは、おばあさんと別れた後、

お言葉に甘えてもう一泊させてもらい

その後約3週間イスラエル国内を旅行して回り

日本に帰国したのでした。

 

五日市さんのイスラエルでのスピリチュアルな体験は

ここで終わるのですが、おばあさんの家にとめてもらって

話をしたときにいくつか強く印象に残っている

ことがあるので紹介されています。

 

★五日市さんがイスラエルのおばあさんに聞いた印象に残る話  

 

おばさんの話は、スピリチュアルなところが多くあり、

五日市さんはただ相槌をうちながら聞いているだけでしたが、

途中からは、引き込まれて自分から質問していました。

おばあさんから五日市さんに向かっての話です。

 

「ありがとう」と「感謝します」2つの言葉の力と使い方

 

・運命というのは、あるのよね。

私たちの人生はね。最初からほとんど決まっていたのよ。

・私は、ユダヤ教徒だけど、『生まれ変わり』を信じているの

過去世や来世というのはあると思うわ。

・ツイてる、ツイてない、という「ツキ」というものもあるのよ

そのツキというのはね。簡単に手に入るものなのよ。

「えっ・・・、どうしたら手にはいるんですか?」

ツキを呼び込む魔法の言葉があるのよ。

これさえ唱えていれば、誰でもツキっぱなしになるわよ。

「本当?どんな言葉かな。教えてください。」

・いいわよ。誰でもよく使う言葉なんだけど。2つあってね。

  1. 『ありがとう』
  2. 『感謝します』

ねっ、かんたんでしょ。

「月並みな言葉なんですね。どう使い分けするのですか?」

もちろん、どんな時でも自由に使っていい言葉なんだけど。

ある状況の時に使い分けたら効果的かもね。

『ありがとう』という言葉は

 何か嫌なことがあったときに使ったらどうかな。

運転中事故っちゃった時とか、遅刻しそうでイライラするとき

『イライラさせていただきありがとう

あなたの親が亡くなっても歯をくいしばって『ありがとう』というのよ。

 

どうして、イヤな事がおきたときに『ありがとう』と言うかわね。

  • 人は、イヤな事がおこるとまたイヤなことを考えてしまう。
  • そうするとまた、イヤなことがことがおこる。
  • 「不幸は重なる」というけど間違いなくこの世の法則なの。

だけどそこで『ありがとう』を言うと

  • その不幸の鎖が断ち切れちゃうの
  • それだけでなく、逆に良いことがおこるようになるの。
  • 「災い転じて福となす」という言葉があるでしょう。
  • どんな不幸と思われる現象も、幸せと感じる状況に変えてくれる

だから、『ありがとう』という言葉は魔法の言葉なのよ。 

『感謝します』についておばあさんは、

  • 何か良いことがあったら言ってみたらどうかな。
  • 例えば、明日「晴れて欲しい」と思って実際晴れたら『感謝します』
  • まだおこっていない未来のことでも、明日晴れました。『感謝します』
  • 1週間後〇〇に合格させていただき『感謝します』
  • イメージしながら言い切ると本当にそうなってしまうのよ。
  • 何の疑いも不安も心配もなく、力まずに自然とそう思い込みね。

 

五日市さんが、あるときおばあさんの言葉を思いだして

何気なく『ありがとう』と言う言葉を漢字で書いてみたら、

『有り難う』「ああ、そうか難があるときに『有り難う』か!

偶然の一致にしては、

漢字を知らないおばさんなのに

スゴイと思ったそうです。

 

『ありがとう』という言葉の使い方を

イスラエルのおばあさんの話でまとめてみると

「不幸ななことがあったときに使う」

そして『ありがとう』という魔法の言葉

  • その不幸の鎖が断ち切れる
  • それだけでなく、逆に良いことがおこるようになる

と言うことでした。

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しあわせ研究家:小林正観さんの見解

 

日本は『言霊の国』ですから

『ありがとう』という言葉の意味や力を研究している人はたくさんいます。

その中でも管理人の大好きな「しあわせ研究家:小林正観さん」

『ありがとう』に対する考え方がイスラエルのおばあさんの

言われていることを裏付けているように思えたので紹介します。

 

『ありがとう』は敵を味方にかえる魔法の言葉

  • 感謝をし、ありがとうと言っていると、相手がどんどん変わっていく
  • 敵対的なこを言っていた人でさえいつのまにか味方をしてくれる
  • 『ありがとう』という想いと言葉を投げかけられた全てのもの
  • 鉱物、植物、動物、人、物たちは必ず投げかけた人を応援したくなる

これが宇宙の大法則です。と語っておられます。

言霊についての詳しい内容はこちらからどうぞ!!

▶言霊とは?言葉の力-効果-使い方!天国言葉と地獄言葉[斎藤一人]

 

イスラエルのおばあさんが言う『ありがとう』の

「災い転じて福となす」力は、ありがとうを受けたすべてのものが

応援してくれるからだと思います。

 

また、小林正観さんは、神社仏閣は願い事をするところではなく

「ありがとうと感謝をする場所」だという考えを持たれていました。

詳しい内容はこちらの記事からどうぞ!!

「初詣」は願い事より感謝の「ありがとう詣」

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話を五日市さんに戻して

イスラエルのおばあさんはさらに話を続けましょう。

 

おばあさんに聞いた絶対に言ってはいけない言葉

 

・五日市さん、絶対に言って」はいけない言葉があるのよ。

 言っちゃうと、ツキが吹っ飛んじゃうの。

「へえ~、どんな言葉なんですか」

・まずはね。汚い言葉。

「てめ~」とか「死んじまえ」とか「バカヤロー」

「クソッタレ」とかね。

そういう汚い言葉を平気で使う人というのはね。

そういう人生を歩むのよ。

だから綺麗な言葉を使いなさい。

  • 人の悪口を言っちゃあダメよ。絶対ダメ。
  • 部屋に1人でいるときも、人の悪口を言っちゃダメ
  • 人を怒ってもツキは逃げていっちゃうわ
  • 怒れば怒るほど、あなたが積み重ねたツキが逃げるの
  • だからネガテイブな言葉を使っちゃあダメ
  • どんな言葉にもね。魂があるの。本当よ。
  • きれいな言葉だけを使いましょ。

五日市さんは、当時の学生生活を振り返って

自分が汚い言葉ばかりを使っていたことに気づきました。

そして、その頃は人間関係にひどく悩んだり、

些細なことで苦しんだりすることが、実に多かったということです。

 

だからおばあさんの話に本当に「ドキッ」としたのでした。

 

おばさんの話が終わって五日市さんが感じたことは、

  • おばあさんの話は、変わった話でなくとても道徳的な話でした。
  • 「自分の口から発する言葉が自分の人生をつくる」
  • 今まで、指導的な立場の人が同じことを言っていると思いますが僕は初めて聞きました。しかも異国の地で。
  • とにかくおばあさんが言ったことは、すべて府に落ちました

 

管理人も五日市さんと同じように素晴らしい話だと感じました。

脳内出血を発症する前は、会社人間としていかに

「効率をあげる仕事をする」「売上げを上げるか」

しか頭になかったように思います。

 

ところが、脳内出血を発症したことによって

もう、効率や売上げだけを気にする生活を、

送ることをやめにしました。

 

五日市さんと違うところは、

まだまだ『ありがとう』『感謝します』

という2つの言葉の使い方を、

マスターできていなかったことでしょうか。(笑)

 

五日市さんの小冊子は。こちらから購入できます。

販売「とやの健康ビレッジ」

1冊432円(送料別)

まとめ買いするとお得です。

(30冊以上の購入だと1冊378円、送料無料)

http://www.toyano.jp/product/2

 

管理人も30冊購入して、友人・知人に

少しだけ幸せのおすそ分けをしました。

 

『ありがとう』『感謝します』を実践する五日市さんは次のページです>