★25年前広島カープ優勝時に津田投手は闘病生活中

 

今年25年ぶりにリーグ優勝を果たした

広島東洋カープの姿を、

津田恒美投手(炎のストッパー)は、

天国からどのような想いで眺めているのでしょうか。

前回優勝したのは、

その津田選手(以下敬称略)が

闘病生活をしていた1991年でした。

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1991年の広島カープは、病気で入院中の津田のためにチームが一丸となって戦った年でした。    津田本人には知らされていませんでしたが、チームメイトは深刻なな病気であることを知っていました。

当時の監督は、山本浩二監督です。

1991年4月激しい頭痛に苦しみ、起き上がることもできない体でマウンドにたち、             一死もとることができずにそのまま入院していたのです。


2016y09m27d_235303322津田の深刻な病状に「津田のために優勝しよう」と広島カープはチーム一丸になり快進撃を続け病室を見舞った 山本浩二監督が「わしが優勝旅行に連れて行っちゃる」と誓った通り、7・5ゲーム差をひっくり返して見事優勝したのでした。
あの年からもう25年もたったんですね。

 

まるで、津田投手を忘れないためにわざと優勝しなかったと感じるほどです。

★忘れられない【炎のストッパー】津田恒美:背番号14

私は、広島カープのファンではないのですが、【炎のストッパー】と呼ばれていた津田投手だけは、  どうしても忘れられない選手でした。私が、初めて津田投手を見たのは、山口県代表の南陽工業の エースとして甲子園で投げる姿でした。                                       その時は「めっぽう速い球を投げるイキのい い投手だな」 という印象でした。

津田はその後、協和発酵で社会人野球をを経験しドラフト1位で広島カープに入団しました。      入団後1年目で頭角を現し入団の1982年には新人王、89年には最優秀救援投手として活躍しました 原辰則選手と対決し、右手首の骨を骨折させたのはプロ野球の語り草になっています。

          

津田のピッチングはコントロールは二の次で、ど真ん中に直球を投げ込むスタイルです。           スランプで二軍落ちしたと聞いた後、1991年秋水頭症で現役引退と発表されました。

その2年後のオールスター第一戦の翌日に新聞で「津田恒美 逝去 享年32歳」の記事が一面にでていました。今でも、目を閉じればその日の新聞記事が頭に浮 かんでくるほど、私にとってはショックな出来事でした。ピッチングも素晴らしいものでしたが、あの直球を投げ込んでくる気持ちに深く心をうたれたていたものです。まさか32歳で早世するなんて。

もちろん打たれるときもありましたし、コントロールが定まらず敗戦投手となることもありました。    けれどもあの打者に真っ向から立ち向かっていく姿を見るだけで勇気をもらうことができたのです。

「あんな熱い直球を投げる投手はもう二度と現れないだろうな。」心の底から悲しんだものです。

★奥様晃代さんの手記「最後のストライク」

先日のヤフーニュースで忘れ形見の津田の一人息子大樹さんの記事がでていました。

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津田が亡くなったとき、大毅さんは4歳でした。32歳で亡くなったこともほとんど記憶にないそうですが、周囲にとってはあの「津田の長男」。野球を始め た大毅さんに、早世した剛腕投手の物語の続きを期待したのは当然でしょう。

自然な流れで野球をはじめ投手になったが「『津田の息子』というのは重荷でしかなかった」と言われています。その大毅(だいき)さんはいま、27歳。リーグ制覇に「ようやく父の思い出と向き合えるきっかけをもら えました」と語っっておられます。

27歳の若い大毅さんにとっては、津田投手の存在は重いものでしかなかったようです。無理もないことかもしれません。

津田選手が亡くなった後、奥さんの晃代さんが【最後のストライク】」という手記を出版されました。   どういう経緯で購入したかは覚えていないのですが、気がつけば私の本棚の一番目立つところに   常にその本はおかれていました。

何回読み返したことでしょう。今では、本を開くことなくこの記事を書くことができます。

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私が一番好きな津田さんの表情です。

奥さんの晃代さんは、現在52歳ですが未だ再婚されていないようです。               

数年間という短い結婚生活、しかもそのうちの2年以上が 闘病生活だった晃代さん。

 

 

 

天国の津田さんは、「広島カープも優勝したし、おまえたちもそろそろ新しい人生を歩いていいよ 」  と言っているような気がしてなりません。私の勝手な想像ですが。

次回津田投手と奥様晃代さんのなれそめは ⇒ こちらから