誰でも予言を見ることができるのか?

 

予言を見るためには、予言を見たいと思わなければなりません。

すべての人が予言を見るため

南インド・タミールナディー州にある寺院を訪れるわけではないのです。

 

予言が見たくなると引き寄せられるように予言が見たくなります。

予言が見たくなった人は、南インドにまで赴き、

ナディー・リーダーに依頼し自分の葉を探してもらいます。

 

葉を探すナディー・リーダーは、訪問者から指紋をもらい、

この指紋により葉を108種類に絞り込みます。(人間の煩悩の数と同じです)

さらに、ナディー・リーダーは、訪問者の前で

葉の束の一枚目から葉にかいてあることをよみあげます。

それに対し訪問者は「イエス」か「ノー」だけで答えていきます。

 

訪問者がすべての質問に対し「イエス」と答えた時、

ナディー・リーダーが読み上げた葉が

訪問者の一生が予言され記載された葉なのです。

調べれば調べるほど、スピリチュアルな葉ですね。

 

 

人生は本当に、運命により定められているのか?

 

このように人の一生は本当に運命により定められているのでしょうか。

管理人は、もしそうであるなら人の一生は

あまりにも味気ないものに思えてしまいます。

 

仮に定められた人生であったとしても

大部分の人はアガスティアの葉を見ることなく一緒を終えます。

あくまで葉を読んだ人が人の道から外れないための

アドバイスが記されているのではないでしょうか。

 

その証拠に葉を読んだ人は、

  • 葉に沿って謙虚に人生を歩む
  • 葉を外さないような人生を歩むようになるそうです。

 

まとめ

アガスティアの葉に書かれていることは膨大な量になります。

様々なスピリチュアルや多くの宗教では、

  • 「世の中は運命に支配されているのか」
  • 「すべての人は自らの手で将来を切り開いてかくのか」
  • 「人の一生があらかじめ定められた運命であるか」
  • 「自分自身の手で人生を切り開いていくものなのか」

昔から議論されてきました。

 

アガスティアの葉をまとめると、この議論の答えが出るかもしれません。

管理人もあなたもいつか「アガスティアの葉」を読むことがあるのでしょうか。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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